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タイに行くようになってから朝日新聞の為替欄はチェックしてた
最初の頃1万円で2000Bも無かったのに この頃では2500B近くになって儲かった気分
およそドルに連動してたけど やや弱含みって感じ、、それが急に乱高下するようになった、、
何か変?あまりの変動に数字の印刷ミスかと思って新聞社に電話してみた、、
けっこう福岡支局の人 親切、、ちゃんと問い合わせて折り返し電話で返事もらった、、
印刷ミスじゃ無いって、、でも何故 変動するかは支局じゃ解る訳ないし、、

今みたいにインターネットでも有れば簡単だったろうけどパソコンも使えない俺には
情報の入手は それ以上は出来なかった、しかしこんな為替変動は絶対に不自然、、
もうすぐタイに行くけど損するより得したい、、

たぶんメチャ バーツとドルが取引されてる、いや待てよ これ儲かるかも、、
カミイに電話した 難しい用件だから西田さんの家から、、
「カミイ 今そっちで金に変えられるもの全部 お金にして!
 家や畑やスタンドも銀行担保にして良いから借りられるだけの金を全部ドルに替えなさい」
「え?今まで銀行から借りるなって?」「借りるの俺が行くまでの短期間だよ」
「せいちゃんが持って来る訳にはいかないの?」「今じゃないと間に合わない」
(これは嘘 現地通貨を替えないと意味がない)
「毎日ドルは値段が違うからバーツで受け取ってドルが安い日に買うんだよ」

カミイ俺が気が狂ったかと思ったみたい、、何しろ今まで言ってた事と逆を言ってるから
西田さんに何度も この電話の用件が本当か確認してる、、
「とにかく借りて損したら金は俺が払うから信用しなさい」

けっきょく彼 少しだけ言いつけを守ったみたい、、
家や最初 手に入れた田畑には手をつけず後からの田畑だけ、、

5月末に行った時 ドルは部屋に置いたまま、、帰る時もそのまま、、
あれだけ変動してたのに??田舎だと為替相場がどう動いてるかも判らない、、
カミイ「このドルどうするの」「もう少し そのままにしておけ損したら俺が埋めるから」

日本に帰る時に「銀行に返す時に損してたら俺が払うから心配しないで」
う〜ん6月中に絶対に何かあると思ってたけど勘が外れたか??

俺が日本に帰国して しばらくしてからタイ通貨 暴落、、インドネシアに飛び火
韓国もIMFから援助融資を受けるなど アジア通貨危機の幕開けだった、、
タイだけを予測してたけど まさか他国を巻き込むような大騒ぎになるとは思ってなかった

結局ドルをバーツに戻しただけでメチャ儲け
カミイ「言われたように全部替えときゃ良かった」と1月に行った時に言ってた
これ6ヶ月じゃなく1年で借りるべきだった いちばんバーツが暴落したのは1月だったけど
半年で借りたから11月には両替して返済、、それでも利息払ったって儲けてる

1月に行った時「何でバーツが下がると知ってたの」と彼は聞くけど
俺だって知ってた訳じゃないし ただ怪しいと思っただけ、、
それに彼が言いつけを全部守ってたとして何も起らなかったとしても
損失は俺が埋め合わせられる程度の銀行利息だけだったから簡単に出来るマネーゲームな訳で
まあ日本でも1ドルが80円になった時だってドルにして儲けた経験があったし、、

この後 タイ企業のリストラとかで田舎に帰ってきた人も多かった
田舎の地主って言われる「地方の金持ち」も暴落前 持ってた金で投資してたりで損してたし
バンコクでは車のローンが払えなくなって投売りされる車のショーだって有ったし

この田舎でも地主さん投資してたのか金に困って田畑を切り売りしてた
カミイが その土地を儲かった金で手に入れて今の基礎が出来あがった、、
たぶん あの時 ガソリンスタンドから家や田畑の全部を担保にして借りてたら
投売りみたいに安く買えた村の半分以上の土地を手に入れる事が出来たのに
カミイの保守的な考えで借りなかったからそれは夢に終わった、、

勿論 俺が金を出して土地を買い占める事も出来たけど それはしなかった
俺が金をばら撒くのはガソリンスタンドの時で終わりにしたかったし
金が天から降ってくるような生活を覚えさせたくなかったし、、

その後のカミイが金銭面で俺の言う事を完全に信頼するようになっただけ儲けものかな
そして村でも貧しい青年だったのが俺と出会って普通の「自営農家」に成長し
今回の思わぬチャンスで小さいながらも地主になっていく
まるでハドソンの人生ゲーム「桃太郎伝説」やってるみたいな出世だね(笑)

もう俺が助けなくても完全に彼の農業収入やスタンドの利益で彼は食っていける
離れたくは無いけど もし彼が結婚して俺との生活を望まなかったとしても
これなら彼だけで俺無しでも充分にやっていける、、 

メチャ心の葛藤が有った、、彼の幸せを考えたから、、
彼が俺から離れるかもしれない覚悟で 今までやってきた、、
でも俺の わがままな心は彼を自分の傍に拘束しておきたいって言う
そう、、自立できる経済力が有れば俺は彼にとって必要ないもの、、


7
経済危機の時期と多少前後するけど結婚すると連絡があった
以前から「俺に遠慮しないで好きな娘が出来たら結婚しなさい」と言ってたが
あまりにも突然の知らせに驚いた

なんと相手は14歳!!これって まだ陰毛も生えてない年頃じゃ??
恋愛って言うよりロリコン?って疑いたくなる、そんな趣味があったっけ??
タイって そんな年齢で結婚が許されるんだろうか?
(法的には結婚年齢に達していない)

この結婚 相手の親がカミイに話を持ってきたみたい、、
カミイ多少 金持ちになって そこらの女からも話が来てたけど
貧乏な時に振り向きもしなかった女達の目当ては自分じゃなくて金と思ってた

今回の相手の親だって 子供が楽に暮らせるって下心が有ったにしても
カミイ同年齢で嫌な顔された相手と結婚するよりって感じ、、
その本人ティウ 14歳の娘だとしても自分の将来を判断できる年齢だし、、

まあ俺が口出しする話じゃない、、本人達がOKなら祝福しなきゃ、、
俺からの祝い金は日本の相場で3万円を贈る事にして手紙を書いた
その金は日本だったら結婚指輪だけだろうけど相手の金のネックレスも買えた

手紙が届いた後 俺の返信が届いた頃に村に行った
もう結婚の日取りを決めるばかり、、タイの大安吉日の日に決定
結婚式の服 俺が以前 日本のいとこの結婚式に出る時バンコクで2着で100$で
オーダーメードで作った時「2着は要らないから1着はカミイに作って」と頼んだやつ
(この服 今でも村の結婚式に使いまわされてる、結婚写真どれも同じ服)
(そう言えばカメラも出会い編で書いたのが今もレンタルされて活躍中)

完全な恋愛結婚だったら俺たぶん邪魔だったろうけど
何だか俺が居る事を前提にしたような結婚だった

昔 日本でだってノンケのくせに俺の家から結婚式会場に行った奴だって居て
今でも友人として時々遊びに来るし奥さんとも仲良し
あの時の経験いかして今回も乗り切ろう 
ただ彼らの邪魔はしたくないから片思いの恋愛感情は見せないようにしなきゃ、、

ノンケに恋して相手を自分のものにしたいって感情は現在でも有る
でも そんな自分勝手な恋なんて たとえゲイ同士でも無理なんじゃ、、
相手は自分の所有物じゃないし、好きな相手と一緒に暮らせるのに
これ以上 何を望むと言うの、、それ望んだら相手を拘束する事でしょ、、

実は、、俺は彼らの結婚式に出るのは遠慮した
「仕事が忙しくて時間的に都合つかない」ってのが表向きの理由だったが
本当は理屈では解ってても いざとなるとティウにカミイを取られるみたいで、、
もし出席したら平静な顔でいられる自信が無かった、、

結婚前に誘ったスリランカ旅行、、豊かになってく彼にタイより貧しい国を知って貰いたかった
そして この旅行 彼女無しで楽しめる最後の旅行だと思った、、
スリランカもタイと同時期から毎年行ってたけど彼が一緒で これまでで一番楽しかった
ヘクターって新しい友人も出来た(死んじゃったけど、、)

この結婚 メチャ複雑な気持ちだった
祝福 嫉妬 歓迎 いろんな心が交差して 考えが まとまらなかったし 
今こうやって文章にしようとしても俺の心の一部分しか表現できない、、

1つだけ正確に言えるのは カミイの幸せは俺の幸せ、そう思おうとした事
この気持ちだけは今も変わっていない、、、